メディアの手帖

このブログは、メルマガ「IDOL TODAY」の編集者である畑中 智晴が、日々のメディアの動きや最近のNEWSなどを取り上げ、コメントするブログです。 (但し、毎日更新とは限りませんので悪しからず)

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鳥人間達の暑い夏

「鳥人間コンテスト」というTV番組があるのをご存知だろうか?
元々は1977年に第1回大会が琵琶湖南部・近江八幡市の宮ヶ浜水泳場で行われ、その模様がYTV「びっくり日本新記録」で放映されたのがきっかけ。
80年から独立の単発番組に昇格し、会場も琵琶湖北部・彦根市の松原水泳場に移して現在に至っている。
元々この大会はイギリスでハングライダーで高いところから飛距離を競う「セルシー・バードマン・ラリー」の日本版として始まり、翌年に「セルシー~」の代表者であるミセス・ハモンドの列席の元、早くも世界大会「JAPAN INTERNATIONAL BIRDMAN RALLY」として開催されている。
81年から現在の「鳥人間コンテスト選手権大会」という名称になったが、実施部門は年々変化を遂げており、第1回は純粋に飛距離を競うのみだったが、翌年からは飛距離に関係なく面白い飛び方を競う「コミカルエントリー」が加わって、10年間続いた。
86年の第10回記念大会からそれまで単一の競技部門(シリアスエントリー)として行われてきたのを、滑空機部門と人力プロペラ機部門に分割、またこの大会から5年間女性パイロット部門が設けられたが、90年の14回大会で廃止された(その後95・96年に「レディース部門」として復活)。
97年の21回大会が台風直撃の影響で全面中止(それまでにも88・89年に滑空機部門、90年に人力プロペラ機部門が強風で中止になった事はあったが、全面中止はこの年が初めて)になった事で、翌98年の22回から大会は1日開催から2日制に移行する事になった。
この22回大会と翌年の23回大会には、飛距離だけでなく機体のデザインやコンセプトなども総合的に競う「チャレンジ部門」が設けられたが、23回大会の2日目で風待ちでフライト出来ず大会終了となった機体が出た事もあって廃止された(もっとも廃止した翌年の24回大会は更にフライト出来なかった機体が続出したのだが)。
2001年の25回大会には、エキシビションとして飛行時間を競う「人力ヘリコプター部門」が設けられ、翌2002年の26回大会から正式種目となったが、これもプラットフォームからの離陸の問題が考慮され2003年の27回大会で廃止された。この2003年の27回大会で優勝した人力プロペラ機部門の平綿甲斐選手(日大理工学部航空研究会)が34654m10cm(34.6541km)という驚異の記録を出し、直線距離で松原水泳場から南部の琵琶湖大橋までに達して、現在の会場での記録の限界という事になった。
(それまでにも98年の22回大会で琵琶湖の北岸に達する23688m24cm(23.68824km)という記録があったが・・・)
そこで主催のよみうりテレビは、更なる記録の更新を狙い、 2箇所の折り返し地点を設定し、これまでの直線飛行の他に「折り返し飛行」も可能とする新しいルールを定め、同時に滑空機部門をフォーミュラクラス(翼長12m以内・機体に補助車輪をつけない)とオープンクラス(翼長・機体全長・重量に制限なし)に分けて、人力プロペラ機部門と合わせて3部門で大会を行う事にした。しかし昨年の28回大会は折からの台風の影響による天候不良で人力プロペラ機部門が競技途中で中止となり、せっかくの新ルールも幻に終わった。
(以上はYTVの大会公式ページ及びフリー百科事典・ウイキペディア「鳥人間コンテスト選手権大会」の項より紹介)

さて、第29回大会は7月16・17日に行われたが、その模様が今日19日にYTV・NTV系全国ネットで放送された。当日は天候にも恵まれて、高記録が期待されたのだが・・・


(実は放送当日は、TBS「DOORS」、フジ「HEYHEYHEY3時間SP」、テレ朝「ビートたけしのTVタックル3時間SP」と長尺ものがズラリと並んでいたが、筆者は定時終了の巨人戦に続いて放送のこれを録画した)

まず初日の16日には滑空機部門のフォーミュラクラスとオープンクラスが行われた。
最初に行われたオープンクラスには21機が参加、滑空機部門の最高記録(420m48cm)を持つみたか+もばらアドベンチャーグループの大木祥資選手が、記録こそ376m80cmと平凡なものだったものの、見事昨年のリベンジを果たし4回目の部門優勝を果たした。一昨年まで3大会連続優勝の実績をマークしていただけに、記録はともかく滑空機で見事なV4は評価していいだろう。また昨年から始まったフォーミュラクラスには10機が参加、創価大学鳥人間研究会の谷川英樹選手が50m77cmで見事クラス優勝を果たしている。翼長12m以内・機体に補助車輪をつけないという規定の中で、さすがに3ケタこそ難しいが、それでも天候の影響があったとはいえ昨年より記録が伸びた事は評価したい。
一方翌17日に行われた人力プロペラ機部門は、20機が参加し(その内1機がプラットフォームでの飛行前チェックで飛行不可と判定され機体破棄、1機が失格)、90年代前半に活躍し、前回この部門が行われた2003年の27回大会で平綿甲斐選手が直線飛行ルールでの限界記録となる34654m10cmを出した日大理工学部航空研究会の田中丸真輔選手が新ルールの折り返し飛行に初めて成功、18km付近からプラットフォームを目指したが、22km(折り返しから4km)付近でギアが外れるアクシデントに見舞われ、あえなく着水。記録こそ22813m05cm(22.81305km)となったものの、唯一の20kmオーバーをマークして、2位のCOOLTHRUST・田中宗介選手に4000m以上の大差を付けて見事2大会連続の部門優勝と一昨年以来の総合優勝を果たした。優勝記録は歴代3位ながら、20km以上での優勝はこれが3人目になるものの、何よりも初の折り返し飛行に成功しての優勝というのは大いに評価していいだろう。
一昨年は10km以上が4機、1km以上も含めるとわずか5機だったが、今年も10km以上4機、1km以上も含め6機、と精鋭はそれなりの実力を見せた大会となった。
元々この大会は「人間の大空への憧れを現実に」「人間が鳥にどこまで近づけるか」をコンセプトにしているが、今回の折り返しでの優勝は、人間がまた1つ鳥に近づいた事を意味しており、今後のこの大会の意義深さを予見させるにふさわしい結果となった。
そんなこの大会も遂に来年は30回の記念大会を迎える。人間の鳥への憧れはこの記念大会でどこまで近づけるのか? 今から楽しみだ。

(ついでにTBS「DOORS」も最終盤をリアルタイムで見たが、最終種目のムーンバイクに「爆笑問題のバク天!」チームが唯一挑戦して空しく失敗、多額の費用と4時間という長尺で展開された巨大テーマパークは、残念な事に完全制覇1チームもなしという悲惨な結果となってしまった。あれだけ制作費をかけたにも関わらず、結果が空しいものになっては成果もへったくれもないというもの。視聴率こそ20%台となったが、これだけ費用がかかる番組は継続が難しいというもの。TBSはまた汚点を残す結果となってしまった)

(ちなみに主催のYTVは、来年の30回記念大会は滑空機はフォーミュラクラス1本に絞り、また人力プロペラ機部門の新部門を目指しエキシビジョンとして、性能と操縦技術を競う部門を新たに行う事を検討していると大会HPで明らかにしている)

参考・YTVの大会ページ
http://www.ytv.co.jp/birdman/index2.html
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